スティルライフ

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10年間、音楽活動を続けて一枚もソロ・ピアノアルバムを作っていないことにふと、立ち止まった。
このアルバムは今までやったことのない手法で臨んだ。まずソロアルバムを作るために自主レーベル「灯台」を立ち上げた。制作には前もって一ヶ月半ほどの時間を作り、2020年の年明けからスタートした。毎日制作日誌を書いてHPで公開した。自宅のアップライト・ピアノにエンジニア田辺玄がマイクをセッティングをしてくれた。
そして、僕はピアノのハンマーと弦の間に自作の麻の布を貼った。
「ミュート・ピアノ」で全曲を録音するためだ。

起床、窓を開ける、花の水を入れ替える、珈琲を淹れる、ピアノに向かい、録音。その録音を聴きながら夕方に銭湯へ行く、帰り道に制作日誌を書く。
という日々のルーティンを作った。
旅をストップさせ、自宅に篭り制作を続けた。
全てが初めてのことだった。

部屋のミュート・ピアノで全篇を録音した、その時間がそのまま、一枚のアルバムに収められている。
まるで隣の部屋から聴こえてくる静かなピアノのように。レッスン室から漏れ聞こえたあの日のピアノのように。
いま聴くと、ピアノの音というより何か別のあたたかな音色に聴こえる。
普通のピアノには聴こえないので、「ミュート・ピアノ」というキーワードを冠したことにより、少しは意図を伝えられたなら嬉しく思う。

レコーディングの日々のある晴れた日、
亡き祖父の静物画をピアノに飾り、ポラロイドカメラで撮影した写真がジャケットとなった。
祖父の絵は僕が幼少の頃から、母のピアノレッスン室の屋根裏部屋で眠っていた絵だった。
そしてそれを東京の暮らしの中で長年、飾っていた。
そしてピアノは、東京で音楽活動をするきっかけをくれたHADEN BOOKS:林下英治さんが、お店のピアノを僕の家に置いてくれていたものだ。
題字は、唯一ピアノソロ演奏を行なっていた福岡papparayrayの店主・理恵さんが書いてくれた。
このアルバムはアナログ・レコードも同時に発売した。graceのように、10年を待つことなく。

haruka nakamura

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